総合採算型の無料ビジネス

それでもおカネを借りてしまった人は、借金苦にあえぐようになり、やがて生活を破綻させる人が増えました。これが社会問題化して、消費者金融への規制が強まったのでした。他方で、おカネを借りて消費を増やすことをあきらめる人たちも増え、ローン型の個人向けファイナンスが日本人の消費を増幅させる機能は、大幅に低下しました(もちろん、消費者金融への規制強化も、その原因のひとつになっています)。企業経営者や経済評論家のなかには、「日本人の消費の伸びに期待するより、中国やブラジルやロシアやインドなどの新興経済国の消費の急拡大に目を向けるべきだ」といった意見を述べる人がいます。グローバル化した企業の経営を考えるだけなら、それでもいいのでしきつ。しかし。個々の企業の経営と、日本経済全体の話では、まったく別の論理が働くことがあります。

日本経済全体の復活には。どうしても日本国内の個人消費の復活が不可欠です。日本経済全体での生産能力は、世界経済のなかで大きな比率を占めているために、輸出頼みには限度があります。他にも、新興経済国と呼ばれる国々の成長に、日本経済や世界経済の長期的な牽引役を任せるわけにはいかない理由がありますが、説明がややこしくなりますので、本書では省きます(興味がある人は。吉本佳生・阪本俊生著『禁欲と強欲 デフレ不況の考え方』をお読みください)。

そして、いまの日本で個人消費を増やそうとするなら、これまでとは別のやり方での個人向けファイナンス機能が求められます。「株式型の個人向けファイナンス」です。企業が多くの個人(消費者)に、価値がある商品を先に渡し、いずれその対価を回収しようとするのですが、ローン型のように決められた金額を返してもらおうとするのではなく、各個人の懐具合に応じて回収しようとするやり方です。ただし、大きな問題があります。株式型の本質は。おカネを貸した相手のうち、所得を伸ばせなかった人だちからはおカネをさほど(あるいは。まったく)回収せず、所得を大きく伸ばした人には出世払いでたくさん返してもらおうというものです。これを単に金融サービスとしておこなうのは、どう考えても無理そうです。

ところが、株式型の個人向けフ。イナンス機能を組み込んだビジネス手法があります。無料ビジネスです。ただし、個別採算型の無料ビジネスではありません。個々の顧客ごとの採算は赤字でもいいから、顧客全体に対する総合的な採算でみて、プラスの利益が狙えればいいというタイプの無料ビジネスです。これを「総合採算型の無料ビジネス」と呼びましょう。総合採算型の無料ビジネスの目パ体例として、「ケータイを使って遊ぶ無料ゲーム」を取り上げます。身近な事例ですし、テレビCMなどの宣伝も多く、問題点を報じるニュースもよく出ていましたし、なにより典型的な成功例ですから、説明しやすい例として選びました。本章では、初期負担ゼロ円のケータイと、ケータイの無料ゲームを比較することで、無料ビジネスがもつファイナンス機能について論じたいのです。

ただし、正直な感想を先に告白しておくと、いまの段階で、ケータイ向けに無料ゲームを提供し、それを大々的に宣伝して大量の利用者を集めている個別企業に対しては、あまりいい印象をもっていません。理由は消費者トラブルが多いからで、もう少しトラブル防止に努力してほしいと思いますし、そのほうがむしろ企業の利益は長期的にみて増えると予想します。とはいえ、ビジネスのしくみを学ぶことが目的なら、日本では、少々危なっかしいことをしている企業や個人からのほうが、学ぶことは多いと感じられます。これは、ひとつには目本の消費者行政の問題であって、筆者の専門である金融商品などで顕著なのですが、消費者保護がしっかりしている他の先進国では販売されないような危険な金融商品が、日本では高齢者などにパンパン売り込まれています。